【連載もの】ぼんくら日記(9)
街の色眼鏡
トークショーはこれまで何回も経験してきたが、サイン会のようなハレの席に座らせていただくことは初めてだった。名前を記す自分の本が目の前にあるので、僕は調子に乗らせてもらった。
本の印象を繋ぎとめるような間隔で、トークショーは各都市で開催されている。4月3日京都<相手:島田潤一郎(編集者)>、5月6日神戸<相手:池内美絵(美術家)>、5月9日東京<相手:辻山良雄(書店主)>。おかげさまで、どの夜も満員。
京都では、本の企画者である夏葉社の島田さんと制作裏話を中心に話をした。島田さんの詳細なトーク進行表を僕は無視して話してしまう。ペラペラと。いったりきたり。本番でいきなり色々な思いを告白しはじめた僕に固まる島田さん。そしてそれを楽しむ島田さん。
神戸。美術家の池内さんは旧知の仲ゆえにまたしてもペラペラ。こちらは、ほぼ一人喋りの様相。その日の演目は、幼少~青春期。本に載せられなかったいくつかの没エピソードを喋れる範囲で披露。喉をカラカラにして過去を喋る男ここにあり。ヨゴレ書店員。
東京は、新規の本格派書店として注目の荻窪・TITLEが会場ということもあり、トークテーマが「京都の本屋さん、東京の本屋さん」ということもあり、お客さんのほとんどがその業界の人。なるべく真面目に話す。本の話、仕事の話、読書の話。少しの噂話。
翌日、僕は平日の昼間の井の頭公園にいた。松江哲明と前野健太が吉祥寺をねり歩いた映画『ライブテープ』のラストシーン。「年金もらえずに死んでった父」と歌われた野外ステージの前に立つ。のんびりした空気が寝転がっている。客席の一番前で、ヒゲと髪を目一杯伸ばしたおじいさんがラスタ柄の帽子を被って、ぽこぽこ小さなタイコを叩いている。その横で、ヘッドフォンをしたおじさんがステージの方を向いて、加藤登紀子の「百万本のバラ」のサビの部分だけをくり返し歌っている。調子のはずれた物悲しいリフレインを聴きながら、僕はファーストシーンの現場を目指して映画を巻き戻し始める。
東京の人は京都への幻想があるらしい。東京からの客人は、いちいち感動してくださる。同じような幻想を僕は東京に持っている。僕は、東京に憧れた世代。インターネットがなかったから、メディアはまだ手の届かない場所にあった。僕にとって、東京はいまだにテレビの中の街。みんながバイプレイヤーに映っている。東京幻想をまとって中央線沿線を歩いた。きれいな女のひとが多いと感動する。すれ違う人のキャラクターのバリエーションが多いと感動する。おじさんとおばさんが話す関東弁に心地よさを感じる。昭和のテレビドラマの中の住人を想起する。東京、捨てたもんじゃない。東京は京都にはない<僕ら>のメディアごしの歴史がある。これも、東京幻想なんだろうか。でも、この幻想に浸るのは心地いい。
来月は、新潟で「ガケ書房の頃」発売記念トークをします。詳しくは、ニイガタブックライトHPにて(http://niigatabooklight.com/)北陸幻想に包まれてきます。
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山下賢二