【連載もの】ぼんくら日記(8)
「あとがきにかえて」
2016年4月1日金曜日。ホホホ座浄土寺本店オープン1周年の日に『ガケ書房の頃』という本が出ます。エイプリルフールですが、本当に出ます。どこよりも早く先行発売です。
思えば、昨年の4月1日は、ホホホ座デビュー本『わたしがカフェをはじめた日。』がめでたく全国発売された日です。一年間このネタで引っ張ってきた感じがありましたが、満を持しての新ネタ登場です。また、引っ張ったらすみません。
前回と違うのはホホホ座の本ではなく、山下賢二の単著というところです。山下は、2015年の2月までガケ書房という本屋を営んでいました。今回は、その本屋ができるまでとできてからの出来事やその日々の中で考えたことなどを独白的に綴った本です。出版元は「30年後も読める本を」という思いで出版活動をしている夏葉社。ほぼ書き下ろし原稿。ソフトカバー288ページ。カラーとモノクロの写真ページあり。
この本が夏葉社代表・島田潤一郎さんによって企画されたのは、2013年。ガケ書房は通常に営業していて、まだ移転も改名もホホホ座という名前さえ、微塵も頭の片隅には思いついていない時期でした。
新刊が出ると島田さんは、いつもガケ書房に営業に来ました。そこでたわいもない話をする間柄だったのですが、その会話の中で遠慮気味に島田さんが「ガケ書房のことを書いてみる気はないですか?」と尋ねてきたのです。突然の依頼に驚いたと同時に、とても嬉しかったのを覚えています。
ガケ書房は、車が突っ込んだ外観や池を作ってカメを飼ったりしていたので奇抜な本屋として見られることが多く、その本屋としての内実をしっかりと見てくれている人はほとんどいませんでした。特に業界内では、そんな扱いばかりでした。そんな中で島田さんは、僕の心の声を聞き取った数少ない編集者でした。かつて、夏葉社から『冬の本』という冬にまつわる思い出の本のことを様々な人たちが綴ったアンソロジーが発売されたことがありました。その時にも島田さんは、もっと僕の原稿を読んでみたいと言ってくれました。
まだ本を1冊も出していない実績のない人間に書き下ろしを依頼するというのは、普通の編集者の神経ではないのかもしれません。しかしそういう神経こそ、本当は編集者の矜恃なんじゃないかと、僕は思っています。新しい書き手を見極めて発掘する。古くて新しい価値観を世間にパッケージングして提示する。
今回僕は、島田さんのその賭けに乗りました。お互い悔いのない賭けだと思っています。
もう1つだけ書かなくてはならないことがあります。美談みたいになってしまってはマズいのですが、当初、本のあとがきに書こうと思っていたことが原稿オーバーで掲載できなくなってしまったので、ここにだけ書いておきます。
実は、今回の『ガケ書房の頃』の印税はもう2年前にもらっています。それは、ホホホ座が自費出版で『わたしがカフェをはじめた日』を出すときのこと。印刷製本所のあてがなかった僕は島田さんに相談しました。すると、よい印刷所を紹介してくださったのですが、ずうずうしい僕は印刷予算が実はあまりないのだということも話してしまいました。しばらく考えた島田さんは、こう言いました。「夏葉社からいつか出すガケ書房の本の印税を先払いしますのでそれで作ってください」と。
感謝の気持ちと、島田さんの思いに報いるものを必ず書かなくては、という人生の宿題がその日から僕に生まれました。自費出版の『わたしがカフェをはじめた日』はおかげさまで大ヒットし、それを受けて現在のホホホ座があるといっても過言ではありません。
もうまもなく『ガケ書房の頃』は発売されます。最初に行った本屋の話。特殊な子供時代。21歳のときに東京で生まれたガケ書房のルーツ。店を始めるまでに経験した色々な仕事。はっきり言って普通の仕事はほとんどありません。しかし裏社会のような職場で人を見る目が養われました。ほかには、店を始めるときに経験した思い。店を続けるというマラソンのような日々。恩人としか言いようがないたくさんのミュージシャンや作家の人たちとの私的エピソード。僕が考える本屋、読書、本そのものについて。本屋の本らしからぬ内容の本かもしれませんが、ぜひ読んでみてください。カフェで電車で自室で。
http://gake.shop-pro.jp/?pid=99695541
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山下賢二