【連載もの】ぼんくら日記(4)

IMG_0764

仕事を終えて、深夜喫茶で珈琲を飲むことがままある。その日は、締め切りが刻々と迫っている原稿を書いていた。集中が途切れて、時計を見たら日付が変わっていたので、その日は切り上げた。

車で30分かけて通勤している。それを12年間続けている。少しずつ大嫌いな冬が来始めている。その夜は冷えて、公衆トイレに行くことにした。細めの坂道をゆっくり上る。そのとき一瞬、脇の道に誰かが座り込んでいるように見えた。この辺は観光地で、ホームレスなど見たことないのに。

帰り道、ゆっくりめに下っていると誰かが僕に一生懸命、手を振っている。さっき、一瞬見えた服装と同じだ。車をとりあえず止めて、窓を開けた。そこに立っていたのは、まだ学生っぽい地味な感じの女の子だった。どうかしたのかと聞くと、すみません。タクシーと間違えました、と少年みたいな声でその女の子は言った。でも、明らかに呂律がおかしい感じだ。こんな寒い夜中にタクシーもあまり通らない場所で酔っ払っている。

どこへ行こうとしているのか尋ねたら、宿泊している旅館だと言う。呑んでいた場所から歩いてきたが、近くまで来てついにわからなくなったらしい。教えてもらった旅館をグーグルマップで調べると、そこから車で2分ということがわかったので、送っていくことにした。

後部座席に、すみませんすみません本当にすみません、と連呼しながらヨタヨタ乗り込んだ女の子。聞くと、愛知県から来たという。友達は? と聞くと、一人で来たとのこと。そして、一人で飲み屋を3軒ハシゴしたあと、あそこで力尽き、吐いていたのだという。そう言いながら女の子は、持っていたナイロン袋の中に吐き始めた。すみませんすみません本当にすみません、と言いながら。

こんなにコントロールが効かないくらい酔ったのは初めてで、吐いたことも初めてらしく自分でもビックリしている様子。そうこうしている内にあっという間に、旅館に着いた。彼女は、すみませんすみません本当にすみません初対面の人に~ と言いながら、石階段をヘロヘロと昇って行く。僕はその背中を見ながら、あれはあれでやんちゃにひとり京都を楽しんでいるのかもしれないと思った。

Profile

山下賢二

ホホホ座1階店主

ホホホ座の連載もの

  • 『ぼんやり京都』松本伸哉
  • 『ぼんくら日記』山下賢二
  • 『絵そらごと〜こどもじみた大人たちへ』下條ユ