【連載もの】ぼんくら日記(5)

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「対岸の雑誌に手をかける日」

移転して一番変わったのは、客層だ。ガケ書房の頃は、なんとなく学生のような人たちも来ていた。近くに大学があったのも大きい。しかし、その場所から南へ少し下がってみたら、そういう人たちはガバっと減ったような気がする。また、恵文社さんの袋を持って、店をはしごしてくる人も少なくなった感じがする。どちらも少し距離が遠のいたからだろうか?

その代わりに、近所に住んでいるお客さんと、観光で京都に来ているような人たちがグッと増えた。それは、雑誌の定期購読をお願いする人が格段に増えたことや、取り寄せを頼まれる本の種類にも顕著に表れはじめた。ざっくり云うと、年配の方と若いファミリー層が増えたのだ。それは、店の近くに住んでいる人たち。嬉しいです。役に立ってる感じがしてます。

先日、年配の方から「わかさ」という雑誌のお取り寄せを頼まれた。「わかさ」は健康の専門誌という感じで、最初から最後のページまでびっしり健康に関することが掲載されている。これをしたらカラダに良いという情報が、デザインは後回しという感じで、これでもかと載っている。

この雑誌を求めているお客さんが確実にいるのであれば、しっかり棚に置きたい。しかし、ベクトルがこれまで置いてきた在庫と全然違うので、店の棚に並べると存在感がハンパない。もしかしたら、店の雰囲気というかカラーまでも喰ってしまうかもしれない。

と、考えるのは面白くない人の考えだ。そういう感じの人は、アソコやアソコらへんにいる。それをどう置くか、どういう新しい価値観を与えて自分の店に並べるかという楽しみがそこにあるというのに。

しかし、それは難しい。隣り合う本とも大きく関係するだろう。なぜ置いてるかは、買う人がいるからだ。しかし、元々買っている人のためだけなら取り寄せ分だけ仕入れて、客注のストックに置いておけばよい。普段、買ったことのない人にどうプレゼンするか? 「わかさ」を。

先日、人間ドッグに行ったら僕はほんの少しだけひっかかった。その時、僕はほんの少しだけ「わかさ」を読みたいと思った。その翌日、図書館に行ったら平日の昼間は、年配の人たちでいっぱいだった。その人たちは、時代小説と健康の本の棚に群がっていた。時代小説が純粋な娯楽だとしたら、健康の本は<少し支障の出てきた体を出来る限り食い止める、または治す>ための切実な情報源だ。人は、目の前に現実を突きつけられないと本当の興味がわかないもの。健康な若い人にとって、「わかさ」は眼中にない。遠い海の向こうの話のような対岸の雑誌だ。

そういう僕は、「わかさ」を棚に並べたり引いたりしている。まだ今のところは。

Profile

山下賢二

ホホホ座1階店主

ホホホ座の連載もの

  • 『ぼんやり京都』松本伸哉
  • 『ぼんくら日記』山下賢二
  • 『絵そらごと〜こどもじみた大人たちへ』下條ユ